2014年9月27日土曜日

あなたはわたしを愛しますか?

自慢じゃないけど、神学校(大学院)で取った5つのギリシャ語の授業、オールAでした。(やっぱちょっと自慢かも...)

で...これこそ自慢じゃないけど、今はほとんどギリシャ語使ってません。

その理由は、結構忘れてしまったから...と言うのもあるけど、使ってないので忘れたと言ってもいいかも。使ってない理由は、ギリシャ語の先生の一人が「ギリシャ語もいいけど、Context is the king!(文脈が王様)」と言ってたからです。

すぐにギリシャ語を調べるより、文脈をしっかり読み取る事で大半の箇所は解釈ができるんです。

ヨハネ21章でイエス様がペテロに3回「あなたはわたしを愛しますか」と聞かれる箇所があります。

ギリシャ語を読むと、最初の2回は「アガペー」が使われていて、最後の1回は「フィレオー」になってます。それに対するペテロの答えは3回とも「フィレオ-」です。

一般的にアガペーは神の愛、フィレオーは人の愛と言われています。
そこで良く聞く解釈は「イエス様は初めの2回、ペテロに『あなたは神の愛でわたしを愛しますか』と聞かれたが、ペテロの答えはどうしても『人の愛』でしかなかった。だから3回目はペテロのレベルに歩み寄って『あなたは人の愛でわたしを愛しますか』と聞かれた」と言う内容です。

う~ん...でも、聖書を調べてみるとアガペーとフィレオーは必ずしもそのような区別をして使われているわけじゃない事がわかります。人の愛を表す時にアガペーが使われてるケースもあれば、神の愛をフィレオーで表しているケースもあります。つまり、両方とも単純に「愛」を現わして使われている言葉なんですね。

実際、17節を見るとペテロはイエス様が3回も「あなたはわたしを愛しますか」と言われたので心を痛めた...って書いてある。つまり「愛しますか」の内容が変わったから心を痛めたんじゃなくて、3回同じ質問をされたから心を痛めた...そう書いてあるんです。

って事は、この3回の質問は同じ質問なんです。ペテロは3回イエス様を否定した。だからイエス様は3回ペテロにイエス様への愛を告白する機会を与えてくださった...これはイエス様の赦しの愛の会話なんです。

もう一つ注目したいのは、イエス様への愛を告白したペテロにイエス様は「わたしの小羊を飼いなさい」「わたしの羊を牧しなさい」「わたしの羊を飼いなさい」と言われています。これも言い方こそ微妙に違うけど、同じことを言ってるにすぎません。

ポイントは、ペテロがイエス様への愛を告白した時、イエス様はペテロに使命を与えられたと言う事です。「わたしを愛するなら、わたしのためにしてほしい事があるんだよ」と言う事です。

「イエス様、あなたを愛します!」と口で言うのは簡単です。「I love you~」と賛美するのは簡単です。でも言って終わり、歌って終わり...ではなくて、その愛によってイエス様のために生きる時に初めてイエス様を愛していることになるんですね。

これは夫婦でもそうでしょう。どんなに口先で「愛してるよ」と言っても、その愛を行動で表現しなければ愛している事になりません。(そうです...経験から語ってます...笑)

同じようにイエス様を愛するなら...そう思うだけじゃなくて、そう祈るだけじゃなくて、そう歌うだけじゃなくて...イエス様のために生きるようになる...イエス様のために何かをする者となる...言い換えるなら、イエス様に仕える者となる...それがイエス様が求めておられる「愛」なんです。それが本当の「愛」なんです。

「子どもたちよ。私たちは、ことばや口先だけで愛する事をせず、行ないと真実をもって愛そうではありませんか。」(1ヨハネ3:18)

あなたはイエス様を信じていますか?あなたはイエス様を愛していますか?
両方とも答えが「はい」なら...あなたはイエス様のために、イエス様に仕えるライフスタイルを送っていますか?

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