2014年9月12日金曜日

エデンの園~あるべき姿

こないだ、荒野の旅のストーリーが好きです、って書きましたが、エデンの園も大好きです。
って言うか、創世記1~3章大好きなんです。

大切な聖書の教理がぎっしり詰まっているから。
神様と人との関係の原点がそこにあるから。

エデンの園は神様が初めに造った人、アダムとエバを置かれた場所です。
エデンの園は神様が初めに造った「人間界」です。
そこには本来あるべき姿があるんです。

本来あるべき人の姿。
本来あるべき神様と人との関係。

つまり、私たちがクリスチャンとしてどうあるべきか...それがエデンの園にあるんです。

別に裸でいるとかそういう事ではありませんよ。(笑)

エデンの園には神様が、人に必要な物のすべてを備えてくださっていました。(創世記2:9-14)
エデンの園では神様が「これをしなさい、あれをしなさい」と言われ、人は純粋にそれをしてました。(創世記2:15)
エデンの園では神様が「これはしてはいけない」と言われ、人は純粋にそれを守っていました...罪が入ってすべてが崩れるまでですが...(創世記2:16-17)
エデンの園では神様と人が常に交わりを持っていました(創世記3:8)

これが本来の人の姿...人と神様の関係です。

でも、罪が入って、すべてが狂ってしまいました。
人は神様が言う事に対して「でも...」「だって...」「やだ」と言うようになりました。
逆に人が神様に対して「これして」「あれして」「もっとちょうだい」と言うようになりました。
神様との交わりが途切れました。

イエス様を信じて救われるって事は「天国に行けるようになる事」って言うよりは「エデンの園状態に戻る事」なんじゃないかな、って最近思わされてます。

つまり、神様ともう一度つながって、神様が「これしなさい、あれしなさい、これはしてはいけない」って言われる事は純粋に行なって、神様との交わりの中で生きる...って事。

俗に「従う」って言う言葉を使うもんだから私たちは抵抗を示しちゃうけど、これが本来の私たちのあるべき姿なのであって、抵抗を示すって事はまだまだ自我にしがみついていて、エデンの園に戻りたがらない自分がいるからなのかもしれない。

むしろ、本来のあるべき姿に戻ろう...って言う思いで「従う」って言う事を受け止めたら、もう少し抵抗が減ってくれるかも...だって、エデンの園は文字通り平和で、争いが無くて、神様の愛と恵みと祝福があふれていた、輝かしい場所だったから...そこに戻れるなら最高じゃん。

そのためにイエス様が十字架で苦しんで死んでくださったんだから...


神様、今日一日、昨日よりも一歩エデンの園状態に近づくことができますように。

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