2014年11月17日月曜日

愛されたい?愛したい?

あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。
わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
(ヨハネ13:34)

愛されたい。

これは誰もが持っている願いかもしれない。
愛されたくない...って言う人はいないと思う。
やっぱみんな愛されたい...よね。

神様に愛されたい。
家族に愛されたい。
夫に、妻に愛されたい。
あの人に愛されたい。

人の自然な願いなのかな。人は愛されないと生きていけないから。

イエス様は「互いに愛し合いなさい」って言われた。
うん、うん、だから愛してね...って思う。

教会でも、「ここは教会。クリスチャンの集まり。だからみんな愛をもって接してくれるはず」と言う暗黙の期待がある...ような気がする。

あれ?でもちょっと待って。
イエス様は「互いに愛し合いなさい」って言われたんだよね。
「愛されなさい」じゃない。

「そうそう...互いに愛し合いなさい、って言ってるんだから、あなたも私を愛してね」
どうしてもそこに行ってしまう...やっぱ人は愛されたいのかもしれない。

でも「互いに愛し合いなさい」って言う言葉を私が読む時、イエス様は私に何て語っておられるかって言うと「隣りの人にあなたを愛するように言いなさい」じゃなくて、「あなたは愛しなさい」って言ってるんですよね。

つまり、私たちは「愛される事」じゃなくて、「愛する事」にもっとフォーカスしなきゃいけない。
親子でも、夫婦でも、職場でも、学校でも、教会でも...
人に愛される事よりも、人を愛する事にフォーカスしなさい、ってイエス様は言っておられるんだ。

問題を抱えた夫婦がカウンセリングに来ると、大抵、相手がどんなに愛がないか...って言う話題で終始する。道理で問題が絶えないわけです。二人とも愛する事よりも愛される事ばかり求めてるから。

みんなが「愛する事」を心がけるようになったら、自然に「互いに愛し合う」ピクチャーが生まれてくる。
そうそう...だからあなたも...だから...そうじゃなくて...「まず私が」でしょ。

まず私が愛する事を心がけたら、私の周りには自然と愛が広がっていくんだ。
家庭でも、職場でも、学校でも、教会でも。

まずは愛される事より、愛する事を求めよう。
まずは愛される事より、愛する事を選ぼう。

人を愛する事なら私にもできるけど、人に私を愛させることは私にはできないから。

そして愛したら...愛のお返しを求めるんじゃなくて、ただ、ただ、愛し続けよう。
それが「互いに愛し合いなさい」と言う戒めに従う姿だから。
それが「互いに愛し合いなさい」を実現させるために私にできる唯一の事だから。


愛する事と愛される事...あなたはどっちを求めていますか?

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