2014年11月4日火曜日

神様のスタンダード

狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。
そしてそこから入って行く者が多いのです。
いのちの至る門は小さく、その道は狭く、それを見出す者はまれです。
(マタイ7:13-14)

僕の母がクリスチャンになる前、何かあるごとに「信じなさ~い、信じなさ~い、信じる者は救われる~」とふざけて言ってたものです。(どうしてあんな事言ってたのかは全然覚えてませんが)

信じるだけで救われる。
神様はどんな人をも愛をもって受け入れてくださる。

神様って素晴らしい。

うん、うん、その通り。

でも同時に「神様の救いのスタンダードはめっちゃ低い」って言うイメージを受けません?
だって、信じるだけでいいんだもん。誰でもOKなんだもん。

でも本当にそうなのかな?

イエス様は「狭い門から入りなさい」って言われた。
以前、狭い門ってのはイエス様の事だと思ってた。イエス様だけが道だから。いろんなアイディアが出回ってる中で、イエス様を信じる人だけが救われるから。そういう意味の「狭い門」だと思ってた。

ま、確かにそうなんだけど...

文脈を見てみると、この後、「実によってその気が良い木か悪い木かを見分ける事ができる」と言う事をイエス様は語っておられる。(15-20節)

そしてその後の21節では「わたしに向かって、『主よ、主よ。』と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行なう者が入るのです。」って言ってる。

そして更にその後の24-27節では岩の上に家を建てる、と言うたとえを用いて神様の事を聞いてそれを行なうことの大切さを語ってる。

って事は...「狭い門」って言うのはただ単に「イエス様」ではなくて、「イエス様を信じて、そのみことばに従う」って言う事なんだ!

へぇ~~~なるほど~~~感動~~~。

前にも書いたけど、信じるってのはただ単に「私、イエス様を信じます~~」って言って教会に行くことではなくて、イエス様を愛し、イエス様に従うことなんだよね。

そう思って聖書を読んでみると「従う事」の大切さが繰り返し語られてる。
それが「狭い門」であって、何よりも大切な事だから。
それが神様が私たちに願っておられる事だから。

イエス様は私たちのために真剣に十字架の道を歩まれ、ご自身をささげてくださった。
だから私たちもイエス様のために真剣に聖書に書かれている一つ一つに取り組んでいかなきゃ...イエス様に申し訳ないよね。

「信じるだけでいい」って言うと、神様の救いのスタンダードはとても低く見えるけど、実はこの「信じる」って言う言葉は決して低いスタンダードではないんです。

神様の救いのスタンダード...それは信じて、愛して、従い続けると言う事。
世界中のクリスチャンに知っておいて欲しい、とても大切な事です。


あなたは狭い門をしっかり通っていますか?

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