それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。
そして、父、子、聖霊の名によってバプテスマを授け、
また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。
(マタイ28:19-20)
昨日、洗礼式がありました。6か月前にシアトルに留学してきた学生が二人洗礼を受けました。とても嬉しそうに洗礼を受けている二人の姿を見て、とても嬉しかったのはもちろん、とても励まされました。
同時に、これからの彼らの成長を祈らずにはいられませんでした。
いつかこんな記事をどこかで読んだのを思い出します。「信じてから最初の3か月、どんなクリスチャンと一緒に過ごすかでその人がどんなクリスチャンになるかが決まる。」
日曜日教会に来て、礼拝してそれだけで満足しているクリスチャンと一緒に過ごす人は、同じように、日曜日教会に来て、礼拝してそれだけで満足しているクリスチャンになります。
積極的に奉仕して、いつも喜んでいるクリスチャンと一緒に過ごす人は、同じように、積極的に奉仕して、いつも喜んでいるクリスチャンになります。
新しくクリスチャンになった人がどのように成長していくか...周りにいる私たちは大きな責任を与えられているんですね。
俗に大宣教命令と呼ばれているマタイ28:19-20でイエス様は「弟子を作りなさい」と言われました。
すべてのクリスチャンに与えられている使命です。
イエス様の弟子の定義は...この箇所を見る限り、「バプテスマを受けて(つまり、イエス様を信じて)、イエス様の戒めを守って生きる人」です。
興味深いのは「弟子になりなさい」とは言われず、「弟子を作りなさい」と言われた事です。
確かにこの言葉は弟子たちに語られたので、あえて「弟子になりなさい」とは言われなかったのでしょう。
でも、この時点ではそこに居合わせた弟子たちはイエス様を見捨てて、逃げて、そしてまた集まってきたばかりの、本当に弟子としての歩みをしていると言っていいのかわからないような人たちでした。
まだまだこれからじゃない?と思えるような人たちでした...よね?
でもイエス様は彼らに「まずあなたがたがしっかりしなさい。成長しなさい。」とは言われずに「弟子を作りなさい」と言われたんです。ここに大きな「鍵」があるような気がします。
弟子を作るためには、伝道しなければなりません。イエス様を知らない人にイエス様を伝えます。
伝道している間、その人は私を見ています。「クリスチャンってどんな人?」「クリスチャンになったらどうなるの?」「クリスチャンになる価値あるの?」 そんな思いで観察してます。
プレッシャーですね。でも、だからこそ自分がしっかりと「世の光」として輝き、「キリストの香り」を放っていなければならないわけです。
その人がイエス様を信じたら...その人はまだクリスチャンの生き方を知りません。どういう風に毎日の中で神様と一緒に歩んで、どういう姿になって行けばいいのか...知りません。
だからその人に「クリスチャンライフってこう言うもんだよ」って見せてあげないといけない。
プレッシャーですね。でも、だからこそ私が「良き模範」となれるよう、しっかりとイエス様を愛して、イエス様を信頼して、イエス様に従っていかなきゃいけない。
あれ?それって「弟子」の姿じゃん!
弟子づくりをしているつもりが、いつのまにか自分が「イエス様の弟子」の姿に変えられていくわけです。
伝道して、人をイエス様に導き、信じた人がイエス様の弟子になれるように導いていく...この「弟子づくり」の過程が実は私を「弟子」の姿に変えてくれる一番効果的な方法なんです。
まさに一石二鳥だね!!
あなたも弟子づくり...してみませんか?
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