2015年4月4日土曜日

4つの種のたとえ

良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いて受け入れ、30倍、60倍、100倍の実を結ぶ人たちです。
(マルコ4:20)

ある人が種を蒔いたら、最初の種は道ばたに落ちました。すると鳥が来て食べてしまいました。次の種は土の薄い岩地に落ちました。するとすぐに芽を出したけれど、日が上ると焼けて、枯れてしまいました。次の種はいばらの中に落ちました。芽が出て伸び始めたけど、いばらがふさいで結局実を結びませんでした。次の種は良い地に落ちました。そこで芽生え、育って、30倍、60倍、100倍の実を結びました。

ご存知の「4つの種のたとえ」です。本来なら「4つの地のたとえ」であるはずなんですが、なぜか「4つの種のたとえ」と呼ばれています。ま、どうでもいい事ですが...。

少し後でイエス様が解説されています。「種蒔く人はみことばを蒔くのです。」(マルコ4:14)
そして4つの地はそれぞれ蒔かれたみことばをどのように受け止め、応答しているかの違いを現わしています。

道ばたはみことばをちゃんと受け入れない人たち...ただ聞くだけ、読むだけの人たちです。
土の薄い岩地はみことばを喜んで受け入れるんですが、「いいみことば!」で終わってしまうので、根を張らず、困難や迫害の中でみことばに頼る事はなく、すぐにつまずいてしまいます。
いばらの中は、みことばを聞き、理解もします。知識はあります。でも他にもっと大切な物がたくさんあるので、みことばはいつも蚊帳の外...実を結ぶことはありません。
そして良い地はみことばを聞いて受け入れ、従う人たちの事です。

多くの人は「良く知ってる」たとえだと思います。よくメッセージで「あなたはどの地ですか?」と聞かれます。そして多くのクリスチャンが「私はまだまだいばら...」とか言っていたのを思い出します。

でもこの事を知っておいてください。この4つの地で最初の3つは救われていない人の姿です。クリスチャンは良い地でなければなりません。

厳しいと思うかもしれませんが、イエス様の言葉を見てください。「良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。」(マタイ3:10、7:19)

ヤコブも言いました。「また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。」(ヤコブ1:22)

みことばを実行する事はとても大切です。「私は救われているから大丈夫」と言うのはサタンの嘘です。サタンはあなたにみことばを実行して欲しくないんですよ。だから「あなたは救われているんだから、無理して従わなくても大丈夫...神様は赦してくださるよ」って言うんです。

でもだまされないでください。私たちがみことばを実行する「良い地」でいる事を神様は何よりも望んでおられるんです。もちろん完璧にはできないでしょう。罪を犯してしまう事もあるでしょう。そしたら悔い改めればいいんです。罪を言い表して悔い改める事はみことば(1ヨハネ1:9)を実行している事ですからね。

私たちはみことばを実行できない時、あれこれ言い訳をするのがとても上手です。でもこのたとえはとてもシンプルに私たちの責任を教えています。

まず、みことばを蒔く人がいますね。大抵の場合、牧師だったり、バイブルスタディのリーダーだったりするでしょう。

そしてそのみことばを聞いた人がいますね。これがあなたです。その他には誰もいません。誰かがやって来て地を耕して「良い地」にしてくれるわけではありません。誰かがやって来ていばらを切り取ってくれるわけではありません。みことばを聞いた人がそのみことばをどう受け入れ、どのように応答し、実行するか...それ次第で「良い地」になるかどうかが決まるんだよ、って言う事です。

神様は完璧さを求めているわけではありません。あれこれ言い訳をせずに、みことばを受け入れて実行する姿勢を求めておられる...それがこのたとえの教えている大切な、大切な真理です。


「いいメッセージだった」「このみことば好きなんですよ」から一歩抜け出て、「これ実行してみよう」のみことば生活してみませんか?

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