2014年12月20日土曜日

クリスマスに見るイエス様の愛

キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、
ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。
(ピリピ2:6-7)


クリスマスはイエス様の誕生日。神のひとり子が人となって生まれた日。

宿に場所がなかった。あなたの心にはイエス様の場所がありますか?
羊飼いはイエス様を見に駆けつけた。あなたもイエス様の元に駆けつけよう。
博士たちはイエス様に贈り物をささげた。あなたはどんな贈り物をささげますか?

いろんなクリスマスメッセージがありますよね。
とは言っても、牧師としては毎年違う「ネタ」で語るのは結構大変なんですよ...限られたクリスマスの聖書箇所から毎年毎年...やっぱネタ切れを感じることもしばしば...(笑)

そんな中でふと考えた事がありました。

神のひとり子が人となるって一体どんな感じだったんだろう?

まず、「赤ん坊」から始まりました。

神様なのに「人間」のお世話にならなきゃいけない。
神様なのに「人間」におむつを替えてもらわないといけない。
神様なのに「人間」に食べさせてもらわないといけない。
神様なのに「人間」に抱っこしてもらわないといけない。

で、成長して少年になって、大人になって...

神様なのにA地点からB地点に行くのに歩かなきゃいけない。疲れる。
神様なのに食事しないとお腹が空いちゃう。
神様なのに怪我したら血出るし、痛い。

めっちゃ面倒くさい。不便。大変。

そして...

神様なのに「人間」に反発されて
神様なのに「人間」に捕まえられて
神様なのに「人間」に鞭で打たれて
神様なのに「人間」につば吐きかけられて
神様なのに「人間」に十字架につけられて
神様なのに「人間」に殺されて

めっちゃ屈辱。
僕だったらそんな事になるってわかってたら絶対行かない。
それでもどうしても行かなきゃいけないとしたら、めっちゃ気が重くて、憂鬱になる。

でも、イエス様は来てくださった。いやいやじゃなくて...むしろ、御使いに賛美されながら生まれて来られた。

それはもっと先にある「救い」と言う大きなご計画のため...イエス様を十字架につけた張本人である私とあなたの救いのため。

ここにイエス様の大きな愛が見える。

クリスマス...それは単に「救い主がお生まれになった」日じゃない。

それは全能者であり、創造主である神様が、被造物である私たち人間の姿となって、私たちを救うために不可能な一歩を踏み出してくださった日。

イエス様、ありがとう。

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