喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。
(ローマ12:15)
先週、シアトルで留学生を載せたバスとRide
the Ducksと言う観光バスが衝突し、5人の留学生が亡くなった。アメリカに到着して、大学が始まって1週目...オリエンテーションの一部でシアトル観光にでかける途中だった。これから夢にまで見たアメリカ生活が始まる、と期待で胸を膨らませていた矢先の出来事...。
今週、オレゴンの大学で乱射事件があり、10人が命を落とした。ある証言によると、犯人はクリスチャンを標的にしていたとか...「お前の宗教はなんだ?」と聞き、「クリスチャン」と答えると、「良かったな。すぐに神様に会えるぞ」と言って射殺したらしい。
この様なニュースが流れると、決まってこの疑問が頭に浮かぶだろう。
「どうしてこんな事が...??」
多くは当てもなく、ただ「どうして?」と思うだけかもしれないけれど、人によっては「神様はどうしてこんな事を許されたんだろう?」とその疑問を神様に向けるかもしれない。
神様は愛の神様じゃないの?
神様はすべてを益としてくださるんじゃないの?
だったらどうして...?
答えが欲しい、説明が欲しい...と思う気持ちはとてもよくわかる。
でも残念ながらこの答えは僕たちには到底見つける事ができない。
僕たちは所詮人間だから...僕たちに見える事、理解できる事には限りがあるから。
でも答えを見つけられなくてもできる事がある。むしろこっちの方が答えを見つける事よりもずっとずっと大切な事だと思う。
それは、この出来事の中で愛する人を亡くした人たちのために祈る事。
傷ついた人たちのために祈る事。
恐怖におびえている人たちのために祈る事。
彼らの痛み、悲しみは僕たちには想像する事しかできないけど、それでも彼らが痛んでいる、悲しんでいる、と言う事実はわかってあげる事ができるはず。だから、神様が彼らを慰めてくださるように、彼らを癒してくださるように、祈る事ができる。
「神様がこの事を許された」...確かにその通りだけど、今はむしろ「神様は彼らを愛し、慰め、癒すことができる」と言う側面に目を向けたい。そして愛の神様に彼らをゆだねて、彼らが今いる真っ暗なトンネルを一歩ずつ進んで、抜け出すことができるように...荒野の旅から約束の地にたどり着くことができるように祈りたい。
僕たちの生活は何もなかったように進んで行く。でも彼らは痛みと悲しみの中で今日も苦しんでいる。
彼らをトンネルの中に置き去りにしないで、祈りを通してトンネルの中を一緒に歩んであげたい。
それが今の僕たちにできる事だと思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿